プリズム結合型チェレンコフ位相整合による単色テラヘルツ波差周波発生

名古屋大学工学研究科 水津 光司

1. はじめに

 非線形光学効果を利用すると単色でチューナブルな高パルスエネルギーのテラヘルツ発生が可能です。ただし、非線形光学効果による波長変換を高効率に行うには位相整合条件を満たす事が大前提となり、角度位相整合であれ複屈折位相整合であれ、媒質となる非線形光学結晶そのものの性質に完全に依存する事から、喩え非線形定数が大きな結晶が開発されたとしても必ずしも所望の発生波長域で位相整合条件が満たされる訳ではありませんでした。また、多くの非線形光学結晶がテラヘルツ帯で大きな吸収を有する事から、折角発生させたテラヘルツが結晶に吸収されてしまう事も、高効率なテラヘルツ発生の大きな阻害要因となっていました。一方、擬似位相整合の技術を用いる事で、位相整合を満たしつつ表面発生が可能となりますが、この場合は特定の周波数域でしか位相整合を満たす事が出来ないので、チューニングレンジを犠牲にするという結果になります。これらの問題を克服するための新しい方式として、チェレンコフ位相整合に着目し、非線形光学結晶とプリズムとの結合によって任意の周波数域で擬似的に位相整合を満たす取り組みを行っています。チェレンコフ位相整合ではコリニア入射した励起2波長光の進行方向に対して有限の角度を有した方向にテラヘルツ波が放射される為、結晶と空気の界面でテラヘルツ波発生を行えば表面発生が可能になります。

2. プリズム結合型チェレンコフ位相整合

 周波数差がテラヘルツ波に相当する励起2波長光をコリニアに結晶に入射すると、2波長の位相差に応じた空間分布を持つ2次の非線形分極が結晶中に誘起されます。この非線形分極は励起2波長の差周波となる周波数を有し、各点での非線形分極の位相に応じたタイミングでテラヘルツ波を放射しています。同位相でテラヘルツ波を放射する各点の間隔は励起2波長の位相差に依存しコヒーレンス長 Lc の2倍の値を取ります。一方、非線形結晶のテラヘルツ帯での屈折率が光波帯での屈折率よりも大きい場合、結晶内で発生したテラヘルツ波の波長は 2Lc よりも短くなります。結果として図1に示すような方向に伝播するテラヘルツ波は同位相となります。この時の放射角は(1)式で表す事ができます。

 各結晶内で発生したチェレンコフ放射テラヘルツは(1)式の方向に伝播し、結晶と空気の界面に到達します。この時、空気界面の場合には全反射が生じてテラヘルツを結晶外に取り出せません。一方、図1の様に、結晶にプリズム型に成形したシリコンやゲルマニウムを接触させた場合には、全反射を回避してテラヘルツ波を取り出すことが可能となります。この状況でのプリズムも含めた上での結晶外部のチェレンコフ放射角を計算すると(2)式が求まります。

 即ち、プリズムと結合した場合のチェレンコフ放射角は、非線形光学結晶の光波帯における屈折率 nopt とプリズム材のテラヘルツ帯における屈折率 nclad のみに依存する事になり、非線形光学結晶のテラヘルツ帯における屈折率 nTHz は無視出来る事になります。

 この意義は非常に大きく、結晶内ではチェレンコフ放射が起きない材料、つまり nTHz < n opt となる材料であっても、結晶外部に適切なプリズム結合器を設置するでテラヘルツを発生させる事が可能となります。これはテラヘルツ波発生用の結晶選定における屈折率分散の制約を事実上ほぼ完全に解消出来る事を意味し、位相整合の関係から過去用る事が出来なかった結晶も本方式によりテラヘルツ波発生が可能となる事を示唆します。また同時に、従来では位相整合の問題から励起波長の制限によって結晶ごとに適切な励起光源を構する必要がありましたが、同様の理由から小型化や高出力化などの目的に応じて適切な励起光源の選択を可能とします。さらに表面発生方式である事から、結晶の吸収の問題を制可能で、テラヘルツ波帯で透明で無い為に使用が見送られてきた結晶も使用可能となります。

 有機非線形光学結晶DASTを用いた場合のテラヘルツ波発生例を図2に示します。励起光は短波長側の波長をλ1=1300-1450nmと固定し、長波長側の波長を走引してテラヘルツを発生させています。DAST結晶内での位相整合を考えた場合、励起波長1300nmではほとんどの周波数域でチェレンコフ位相整合条件が満たされず、本来チェレンコフ位相整合テラヘルツ波は発生しませんが、プリズム結合器を用いる事でどの励起波長でも同様のスペクトル形状が得られています。また、DASTの強い吸収線の存在する1.1THzの発生はコリニア位相整合では困難であり、1THz以下の領域では励起波長1000nm以下に設定しなければなりませんが、いずれもテラヘルツ発生が確認出来ました。このように、プリズム結合チェレンコフ位相整合の効力が実験的に確認出来たと言えます。

3. むすび

 ここで紹介させて頂きましたプリズム結合型チェレンコフ位相整合は、ナノ秒励起での単色テラヘルツ光源を前提にしておりますが、フェムト秒励起の場合でも同様な議論が可能であります。また、非線形光学効果は励起光のパワー密度に依存した現象である為、過去の研究においては大型レーザーが使用されて来ましたが、導波路化を行う事で励起光源への要求を大きく低減する事が可能になります。将来的には、小型化で安価なテラヘルツ光源として有力な手段になり得ると考えています。

<参考文献>
1)K. Suizu, T. Shibuya, T. Akiba, T. Tutui, C. Otani, and K. Kawase, Optics Express, 16, pp. 7493-7498 (2008).
2)T. Shibuya, T. Tsutsui, K. Suizu, T. Akiba, and K. Kawase, Applied Physics Express, 2, 032302 (2009).
3)K. Suizu, K. Koketsu, T. Shibuya, T. Tsutsui, T. Akiba, and K. Kawase, Optics Express, 17, pp. 6676-6681 (2009).
4)K. Suizu, T. Shibuya, H. Uchida, and K. Kawase, Optics Express, 18, pp. 3338-3344 (2010).
5T. Shibuya, K. Suizu, and K. Kawase, Appl. Phys. Express, 3, 082201, (2010).